時代が時代を裁く時代
#metooのムーブメントが起きて以降、日本でもいろんな話がネットをにぎわしています。
なぜだかマスコミにはあまり取り上げられてないから、実はこの手の話に疎かったりします。
はぁちゅうさんの電通話やKaoRiさんのアラーキー告発、最近では福田元財務次官の件とか背景や事情も違うから一概になんとも言えないんだけど、共通して言えるのはこの手の話に接しているとなんだかとても居心地が悪い。
なんだ、お前もセクハラしてる口か?と問われるとそんな事してませんよー!って言いながら本当にそうなのか心配にもなります。
嫌だなぁと思いながらも言い出せないだけなのかなと。
まみっこ、俺大丈夫か?
小学校の頃。
確か低学年の頃だったと思う。
同級生の女子にちょっと変わった苗字の子がいた。
特別親しいわけではなかったが、クラスメートとして仲良くしていると思ってたから親愛の情をこめて苗字をもじってからかった事がある。
後日担任に呼ばれて叱られたわけだが、こっちは悪意がなかったから何で叱られたのか良くわからなかった。
釈然としないままその子に謝って和解した記憶がある。
もし今、タイムマシンがあるならあの時に戻って自分をぶん殴ってやりたい気分だったりもしますが、その出来事で自分が意図せず誰かを傷つけてしまう事があることを学んだわけです。
きっと今でもあの子は俺のことを嫌なヤツとして記憶しているんだろうな。
やられたほうは忘れないっていいますが、大丈夫。やったほうも覚えてるから。
ところで一連の事象を見るにつけなんで居心地が悪いのかと思ってたら、見事に説明してくれてる記事を発見した。
石丸元章さんの以下の記事です。
アラーキー告発「#MeToo」問題にある“強烈な違和感”の正体とは!?
詳しくはリンク先で読んで欲しいんだけど、一番納得したのが「あの時代が今の時代に裁かれている」って所。
そうなんだよね。
いわゆる加害者とされる人たちの言動って、以前なら「しょーがねーなー、もう」で済まされてた。
あの時代なら容認されてたし、それを容認してたのは俺も含めてあの時代を生きてきた我々だ。
だから彼らが完膚なきまでに批判の嵐に晒されているのを見て、少しは逃げ道作ってあげようよという気持ちにもなる。
福田次官のケースについて、容認とも取れる助け舟を出してる面々を見ると、やはり昭和の香りを色濃く残してるんだよね。
ただ個人的にはこの件についてはちょっと別の感想を持っていて、やっぱりどこをどう見てもアウトだと思う。
ハニートラップじゃねーか!なんて意見もあるようだけど、仮に百歩譲ってそうだったにしても、仕掛けられる時点でダメだし引っかかるなんてもってのほか。
俺も一度でいいから仕掛けられてみたい。すぐ引っかかるから笑
しかし今回の件で意外だったのは、官公庁のハラスメントに対する意識ってビックリするぐらい低いのね。
駅のホームで普通に喫煙して、火がついたままの吸殻を敷石に向かって投げるレベルです。
時代に取り残されてるんだなぁ。
まぁ偉そうに言ってますが、知らず知らずのうちに俺もやらかしちゃってるかもしれない。
髪の毛にカナブンとか止まってたら手で払っちゃいそうだもんなぁ。
その際は是非その場で指摘してもらえると嬉しいです。
「もりくまさん、それアウトです!」とか。
俺に出来る事といえば、そんな指摘がしやすいような雰囲気作りしかないから、そこは頑張りたいと思います!はい。
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